スペシャル

監督・神戸守×シリーズ構成・吉野弘幸

生命感あふれる女の子と黄昏に沈む世界

――オリジナルアニメーション『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』の企画はどんなところからスタートしたのでしょうか?

神戸 アニメ『バッカーノ!』に絵コンテと各話演出として参加したことがきっかけで、アニプレックスの横山プロデューサーと知り合って、二人でオリジナル作品の話をするようになったんです。そこでシナリオライターの吉野弘幸さんを紹介して、企画を練り始めたのが最初です。当初は“いわゆる血なまぐさい戦いのない、のんびりした女の子たちを描く作品”をつくってみたいと思っていました。

吉野 私もお話をいただいたころ、二年くらい戦争モノばっかり書いていたこともあり(笑)、かわいい女の子の何もない日常を描くような作品っていいなぁ……ということで、二つ返事で引き受けました(笑)。


――吉野さんは神戸監督の演出にどんな印象をお持ちでしたか?
吉野 神戸監督は、ナチュラルで透明感のある女の子を描くことができる監督ですから。この人、女の子が本当に好きなんだなぁと(笑)。

――神戸監督は吉野さんの脚本にどんな印象をお持ちですか?

神戸 吉野さんの方こそ、本当に可愛い女の子が好きですよね(笑)。

吉野 否定はしませんが。……それだけですか?

神戸 いえいえ。脚本も洗練されていて、そこは僕も全幅の信頼を置いてます(笑)。

吉野 (笑)。はじめは神戸監督と私の趣味的なささやかな作品のイメージでした。ただ、企画を肉付けしていくうちに、かわいい女の子をただ愛玩するような作品ではもの足りないと感じるようになって。今の時代に、せっかくアニメオリジナルの作品を作る機会に恵まれたのですから、そのチャンスを活かして、ただかわいいだけじゃない、何か胸に残るものがある作品にしたいと思っています。


――物語の舞台はどんな世界なのでしょうか。

吉野 かつて戦争が起き、いまだにその傷跡が残っている世界。現代の戦争ほど無機質なものでもなければ、古代の戦争というわけでもない。いうならば戦争で傷ついて「終焉に向かっている世界」なんです。

神戸 ただの平和な日常だけではなく、ピリッとした空気が欲しかったんですよね。

吉野 平和な世界の女の子を書くよりも、スパイスの効いた世界のほうが、女の子のいろいろな表情を書けますから。ひとくちに戦争と言っても、登場する女の子たちは、たとえ世界が滅びに向かっていようとも、前向きに生きていこうとしている。きっと個人的な悩みや喜びを見つけながら、明るく楽しく、ときに泣いたりケンカしたりしながら日常をおくっていく。そういう女の子を書きたいと思っています。


スペインのクエンカへロケハンを敢行

――『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』制作にあたって、スペインの歴史的城壁都市クエンカにロケハンに行ったそうですね。なぜ、クエンカだったのですか?

吉野 最初は「ヨーロッパふうの意匠を持ちこんだ街並みが良いね」と話していたんですよね。

神戸 それでいろいろな候補を探しているときに、たまたま吉野さんがクエンカを紹介してくれたんです。

吉野 私はいつも「世界遺産」を紹介している番組を録画していて、シナリオ詰まると気分転換に観ているんです。そうしたら、たまたまスペインのクエンカが扱われていて、これはいいかもしれない、と。

神戸 それで吉野さんが録画したDVDを持ってきてくれて「じゃあ、ロケハンに行ってみようか」と。

吉野 本当にそんなノリでしたよね。実際に行ったのは2009年の3月です。

神戸 クエンカは寒かったですね(笑)。おそらく地質が日本とは根本的に違うからだと思いますが、起伏のない平地にいきなり切り立った岩山があって。すごくおもしろい場所でした。

吉野 僕らにとって恵まれたのは、晴れ、雨、曇り、雪といった天候の変化をすべて体験できたことです。まあ、観光としては恵まれていませんが(笑)、美術スタッフは大喜びで資料写真を撮りまくっていました。この取材の成果は、ぜひ本編でいかしたいですね。

神戸 われわれが泊まったホテルは、元修道院だった建物で。主人公のカナタたちが暮らす砦のモデルにしています。

吉野 クエンカの街並みがすごく幻想的で、路地を曲がるとそこから物語がはじまりそうな気がしたんです。まるでおとぎ話に迷い込んだようなイメージで。その空気に身を置いたことで、とても刺激を受けました。


――その街並みを描く、美術も本作の見どころのひとつになりそうですね。
神戸 ロケハンには美術設計の青木智由紀さんと美術監督の甲斐政俊さんも同行していただき、大量の資料写真を撮ってもらいました。

――では、リアルなスペインが美術として描かれる?
神戸 いやむしろ、スペインをベースとしたヨーロッパの風景に、見なれた風景が混ざっているような一風変わった世界観になります。たとえばクエンカをモチーフにした砦のすぐ隣に、普段みなれたような物があったりする。しかも、時間的には200年ぐらい経っていて、その両者がさりげなく溶け込んでいるような世界です。青木さんもそんな無茶をよく理解してくれて。その設定を、甲斐さんがとても素敵な美術ボードに仕上げてくれています。

女の子しかいない第1121小隊と主人公カナタ

――キャラクターについても伺います。主人公のカナタは、どのように生まれたキャラクターなのですか?

吉野 主人公のカナタは、大人でもなく、子どもでもない、中学3年生から高校一年生くらいのイメージです。いちばんプレーンな女の子ですね。

神戸 特別な悩みもなく、すごく普通。

吉野 明るくまっすぐ。前向きで、弱くみえない。それが私と神戸監督の理想の女の子だから……というわけではないですが(笑)。神戸監督は「家族としていっしょに暮らすのなら、カナタがいい」と言ってましたね。

神戸 楽しそうですからね。

吉野 この娘には『致命的な方向音痴』という設定があるんですが、それは神戸さんがつけた属性です(笑)。


――カナタが配属される第1121小隊は、どんな部隊なのでしょうか?

吉野 えっと……掃き溜め(笑)?

神戸 あまり重要視されていない辺境地域の国境警備部隊です。

吉野 国境の向こう側には人が住んでいない。どん詰まりの最果ての地というイメージです。たまに、中央からも忘れ去られているような、女の子だけの部隊です。


――戦車小隊という設定ですが……実際に戦ったりするんでしょうか?

吉野 ……どうでしょう、監督(笑)?

神戸 なにしろ戦車はずっと修理中ですからね。そのあたりは、実際に作品をご覧下さいとしか、いまの時点では言えません。


――キャラクター原案は岸田メルさん。キャラクターデザインは赤井俊文さん。どちらも新鮮な顔ぶれです。

神戸 岸田さんの魅力は、清潔感ですね。この作品にあっているように思えました。

吉野 女の子ばかりが出る作品なのですが、萌えがましいだけのものにはしたくなかった。そこで岸田さんに決まりました。

神戸 赤井さんは初めてのキャラクターデザインですが、生き生きした女の子の表情が描ける人です。いわゆるデフォルメされた「くずし顔」や漫符をつかわず、表情と芝居でかわいらしさを出していきたいと思っています。


音楽と絵の力が生み出す、アニメーションの力

――カナタは喇叭手としてトランペットを演奏します。本作のもうひとつの特徴は、音楽ですね。

吉野 今回は、徹底的に「気持ちいい」作品にしてみたかったんです。なので、絵の力と音楽の力を活かすことを前提に、ドラマのアゲのシーンを書いています。それを実現できる監督であり、スタッフが集まったからこそできる表現です。

神戸 今回の音楽は無国籍。そこで大島ミチルさんにフルオーケストラではなく、少人数編成でお願いしています。


――声優さんもフレッシュな顔ぶれです。

神戸 カナタ役の相川寿里さんは新人なんですが、声に可能性を感じて。カナタといっしょに成長して行ってもらえたらと思っています。

吉野 他の声優さんたちも、イメージ通りの配役になりました。演技をしていただくのが楽しみです。


――最後に、おふたりの手ごたえのほどは?

神戸 やはり、オリジナルなので1話ができあがるまでは、わからないところがたくさんあって、手探りで一つ一つ積み上げている状態ですが、面白いものになる手応えはあります。何も考えずに女の子を観ているだけでも楽しいし、深く考えて世界を観ているのも楽しい、そんな作品になることを目指しています。

吉野 原作のないアニメオリジナル作品なので、アニメーションとして最適化された、アニメーションでしか表現できない作品を目指しています。たとえば、美術であったり、音楽であったり。漫画や小説といったほかのメディアでは楽しめない良さが、この作品にはあると思います。そして何よりも、女の子たちがかわいい! 女の子の会話をすごく楽しみながら書いています。

神戸 その感じは僕らにも伝わってきてますよ(笑)。うまくその部分を視聴者のみなさんに伝えていきたいと思っています。ご期待下さい。



神戸守
1962年生まれ、大阪府出身。アニメーション監督。2001年『コメットさん☆』、2003年『出撃!マシンロボレスキュー』、2004年『エルフェンリート』、2006年『鬼公子炎魔』、2009年『電波的な彼女』などを手がける。

吉野弘幸
1970年生まれ、千葉県出身。脚本家。2004年~『舞-HiME』シリーズ、2006年~『コードギアス 反逆のルルーシュ』シリーズ、2008年『マクロスF』、2009年『電波的な彼女』などを手がける。

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